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20.手縫いの理由 手縫いシャツが語るもの


シャツに、手縫いが用いられることがあります。
ミシンが当たり前になった現代において、わざわざ針と糸を手に取り、一針ずつ縫い進める。それがどういう意味を持つのか。今日は、その話をしてみたいと思います。
どこに手縫いが入るのか
手縫いがよく見られるのは、イタリアのシャツです。
なかでも多いのが、袖まわりや襟ぐりを、手でまつるように縫い上げる仕事です。縫い目が表からほとんど見えないよう、生地の際を丁寧にすくっていく。この「まつり縫い」こそ、手縫いのシャツを語るうえで欠かせない技術です。
ミシンが一直線に、迷いなく布を貫いていくのに対して、手縫いの針はわずかに揺らぎながら、布の表情に寄り添っていきます。その違いが、仕上がりにそのまま表れます。
正直に申し上げます ── 手縫いは、丈夫ではありません
ここで、誤解を解いておかなければなりません。
「手縫いだから丈夫なのだろう」とお考えになる方が、少なくありません。けれども、これは逆です。手縫いは、耐久性という点ではミシン縫いに遠く及びません。一針ずつ手でかがった縫い目は、強い力が掛かればほつれやすく、扱いにも気を遣います。
道具として、日々ガシガシ着倒すための縫い方ではないのです。
それでも手縫いが選ばれ続けるのには、明確な理由があります。
手縫いの理由は、最初から最後まで「優雅さ」
シャツに手縫いが用いられる最大にして、ほぼ唯一の理由。それは、見た目の優雅さにほかなりません。
手でまつられた縫い目には、ミシンには決して出せない柔らかさと奥行きがあります。布が縫い目に引きつれることなく、ふっくらと立体感を保つ。光の当たり方ひとつで表情が変わる。この優雅さは、機械縫いのシャツとは、はっきりと桁が違います。
そしてもうひとつ。手縫いのシャツは、明らかに手が掛かっています。一着を仕上げるのに費やされた時間と集中が、そのまま縫い目に刻まれている。だからこそ、希少価値が宿るのです。
嗜好品としての手縫いシャツ
正直に言えば、手縫いのシャツは扱いの難しい一着です。
丈夫さを求める方には、決しておすすめしません。これは実用品というより、嗜好品です。手間を掛けて生まれたものを、手間を掛けて慈しむ。その関係を楽しめる方にこそ、ふさわしい一着だと思います。
優雅さに対価を払う。手仕事の痕跡をまとう喜びを知る。そういう価値観の持ち主のための、贅沢な選択肢です。
実用一辺倒の物差しでは測れない世界が、シャツにも確かに存在します。手縫いというのは、その入り口のひとつなのだと、私は思っています。